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2008年2月21日

2008.02.27.14:42

朝、起きるとぴーちゃが「延長保育に行きたい」と駄々をこねます。
あーちゃが家にいるから、お迎えは辛いのですけど。
せめてあーちゃが治るまで待ってよ。

今朝のあーちゃはヤル気なし。
かろうじて朝の薬は飲んだものの、その後起きる気配はナシ。
段々ダラダラがひどくなって来ています。
外に出られず退屈なのは判るけど、まだ発疹は若干発生しているので、もうちょっとガンバレ!!
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2008年2月20日

2008.02.26.19:53

今日は幼稚園の先生の研究会などがあるため、午前中だけで、お弁当のいらない日です。
・・・なのに、す~っかり忘れていて、お弁当作ってしまいました。
あぁ、最近バタバタしていて、予定表見ていなかったせいですね。
幼稚園のバスを待っている時に、他のママたちと話をしていて気が付きました。
そこで慌ててぴーちゃの鞄からお弁当を出しましたが、ぴーちゃはそれが不満なようです。
ぴーちゃの顔に「あたしのお弁当、どうしてもって帰るのよぉ!」って書いてあります。
「おうちに持って帰るから、幼稚園から帰って来たらあーちゃと一緒に食べようね」と諭しました。

今朝のあーちゃはと言えば、相変わらず7時過ぎに薬だけ飲んで、ベッドでゴロゴロ。
今日は父が代休で家に居るので、父も一緒に3人で朝ご飯です。
その後は父にあーちゃを任せて、母はカイロプラクティックに行ってきま~す。
11時前に帰ってくるぴーちゃのお迎えも、父に頼みました。

治療を終えて母が家に戻ると、ちょうどぴーちゃが帰って来たばかり。
父に話を聞くと「お弁当の事ばっかり気にしていたよ」だそうです。
なので、早速お昼ご飯に。
ぴーちゃはもちろん、お弁当完食。
あーちゃもいつもよりは少ないものの、昨日よりは多く食べられているようです。
普段の2/3ぐらいかな?
今日はぴーちゃも早く帰って来たので、二人で遊べる時間が多く、あーちゃも楽しいようです。

2008年2月19日

2008.02.26.19:39

今朝はぴーちゃ一人で通園です。
大丈夫かな?
ぴーちゃに「今日からしばらく、ぴーちゃ一人で幼稚園に行くんだよ」と話しながら起こすと、ムクッと起き上がったかと思うと、「ぴーちゃ、一人でも平気。おかあさん、大丈夫だよ」と張り切っています。
確かに、その張り切り振りは本当のようで、朝ご飯もテキパキと食べています。
思ったより心配しなくても良かったのかな?
ぴーちゃが少しでも自覚を持って頑張ってくれるのは、親として本当に助かります。
あーちゃはというと、しばらく幼稚園お休みなので、朝急いで起きる必要がないと判ったため、朝声をかけても起きようとする気配がありません。
一応7時過ぎに「せめて薬だけは飲んで」と、薬を飲ませると、「あーちゃん(また)寝てもいい?」と確認して、寝てしまいました。
ぴーちゃが幼稚園に行く時も起きる気はなく、「テレビ付けておいてね、いってらっしゃ~い」と暢気なものです。

ぴーちゃを送って家に戻ると、あーちゃはテレビ見たさに起きたようで、母と一緒に朝ご飯です。
食欲は少し落ちているようで、いつもの半分ぐらいしか食べません。
ただ熱は無く、測った時も36.6℃と、いつもより少し高めなだけです。
そこで疲れない程度になら遊んでも良いという事になりました。
すると、最近まるでやらなかったウレタンブロックで遊んだり、お絵かきをしたり、それなりに一人遊びを楽しんでいます。
ぴーちゃのお弁当用に作ったおかずでお昼ご飯を食べましたが、それも半分ほど食べただけに留まり、その後すぐに寝てしまいました。

2008年2月18日

2008.02.22.10:58

今朝は週の始めですし、“えいご”のクラスもあるので大荷物です。
ちびラ~ずをバスで送り出すと、母はお出かけです。

午後、お出かけもひと段落し、ふと携帯電話を見ると、幼稚園から着信が。
しかも少し前の時間です。
慌てて幼稚園に電話をしました。
電話をくださった主任先生によると、あーちゃのお腹と背中に水ぶくれ様の発疹が見られるとの事。
実はその日、水疱(水疱瘡)でお休みした子が4人ほどいたそうで、“気を付けて下さい”というお手紙を持たせたばかりだったそうです。
出先だったので少し時間がかかりますが、急いでお迎えに行きました。
あーちゃは担任の先生と2人だけでお教室にいました。
着替えたばかりの洋服をめくってみると・・・確かに、ポツポツと水疱が。
これは水疱瘡ですねぇ~と、担任の先生と顔を見合わせてしまいました。
あーちゃはこのまま一度連れて帰って小児科を受診し、ぴーちゃは預かってもらって英語教室に出席して、あーちゃの小児科が終わったら迎えに来るという事を先生にお願いして、一度家に戻りました。

いつも行く小児科は、午後の診療が3時からです。
(それより前の時間に、予防接種の予約受診があるので)
家に戻ると軽くおやつを食べ、小児科に行きました。
小児科の先生に事情を話すと、「うん、これは水疱瘡だね。大体1週間ぐらいで治るからね」ということでした。
ただし、「水疱瘡というのは、水疱ができる前日から周りに感染する能力を持っているから、姉妹にはうつるよ。しかも水疱瘡の潜伏期間は14日で、意外ときっちりしているから気を付けて診ていてね」とも言われました。
う~ん、ぴーちゃのXディは3月2日か。

薬を貰い、ぴーちゃをお迎えに行くと、あーちゃの担任の先生が来て「どうでした?」と聞かれます。
やっぱり当たりでした。
先生は「あーちゃが(クラスに)いないと寂しくなっちゃうね~。でも頑張って早く治してね」と励ましてくれました。
ぴーちゃは一人で延長保育でしたが、特に問題もないようでした。

2008年2月15日

2008.02.19.00:35

今日は月に一度の「ランチ・パーティー」の日です。
あーちゃは大好きなこまちちゃんと一緒のご飯が楽しみだそうです。
でもこまちちゃんは年長さん。
もうすぐお別れになっちゃうんです。
あともう少しだけど、楽しい思い出作ってね。
そう言えば、今日のメニューはカレーライスと中華春巻などの予定でしたが、昨今の事件を考慮して、お弁当の会社からメニュー変更のお知らせが来ていましたっけ。
特に中国の食材は使っていなかったそうですが、色々大変な事になっています。
食品業界は、余波の方が大変かもしれません。

今日は父が代休だった事もあったのですが、車検に出していた車を引き取りに行かなければならなかったので、車でそのまま幼稚園まで迎えに行きました。
父が車で待っていて、私が幼稚園に行ったのですが、ちょうど仲良しのはなちゃんもお迎え時間でした。
私を見たはなちゃんは「あーちゃ、ぴーちゃと一緒に(歩いて)帰る!」と大はしゃぎでしたが、今日は車だから一緒に帰れないのと説明すると、ものすご~く寂しそうな顔をして「また今度ね」と。
ごめんね、はなちゃん。

2008年2月14日

2008.02.19.00:11

「おかぁさん、オシッコ・・・行ってくる」
あーちゃのこの声で起こされました。
フンフンと適当に相槌を打って、でも気になって時計を見ると、って、え?まだ4時前?
オムツは外れたちびラ~ずですが、さすがに寝ている時はまだ不安定なので、念の為、オムツをはかせて寝かせています。
だから夜中というか明け方に目が覚めて起きるという事はめったに無いのですが、たまたま今回がそれだったのかしら・・・なんて考えていると、トイレから絶叫が聞こえて来ました。
「おかぁ~さぁ~ん、トイレ、間に合わなかったぁぁぁ~」
えぇっ、と、急いでトイレに向かうと、トイレの床一面を濡らしたままであーちゃが泣きべそをかいて立っています。
はぁ。
これは怒る所ではないので、グッと堪えてトイレ掃除とあーちゃの足を拭いてやります。
パジャマのズボンも濡れてしまったので取り替えて、あーちゃを寝かせました。
と、次の瞬間!何!!6時50分、寝坊した!
慌ててちびラ~ずを叩き起こし、今日のお弁当は温めるだけの物ばかりだから急げば間に合うだろうとお弁当作りです。
あぁぁ、あーちゃに今朝起こされなければ・・・。
でもこればっかりは言っても仕方のないこと。
ちびラ~ずに謝りつつ、急がせるのは大変です。
が、何とかセーフ。

家に戻り、少し落ち着いて朝ご飯を食べていたら、家のチャイムが。
9時は回っていましたが、うちは朝早くから来る人はめったにいないので何だろうと思っていたら、何とペットの葬儀屋さん。
少し早いかと思いましたが、と恐縮されているが、イエイエ、ありがとうございます。
遺骨と仮位牌(これはここのサービスらしい)を持って来てくれたのは、昨日電話でお話しただけの社長さん。
丁寧で物腰の柔らかい(体型も柔らかい)方でした。
どうもお世話になりました。

昼過ぎ、ちびラ~ずが帰って来ました。
家に戻り、「みゃんちゃん、小さくなって帰って来たよ」と教えると、「中はどうなっているの?」と聞かれました。
「みゃんちゃんの骨が入っているの」と言ったら、「見ていい?」と聞いてきます。
本来見せる物ではないのは判っていますが、この場合ちびラ~ずたちが納得する為ならば良いのかなぁと思い、開けて見せる事にしました。
「触らないのよ」ときつく言い聞かせて。
「ふ~ん、ちっちゃいね」「白いね」という感想でした。
その後線香を焚き、手を合わせることを教え、落ち着きました。
・・・と思っていましたが、線香が燃え尽きると共に「おかあさん、棒(線香)がなくなってるよ。みゃんちゃんにお願い(おまいり)するんだから」とうるさいの何の。
うちには威勢の良い猫もいるので、みゃん太には可哀相ですが、四六時中線香を焚いてやる訳にも行かないのですが。
「おかあさん、棒が、棒が・・・」
正直、五月蝿いです。

夕方、ぴーちゃの担任の先生からお電話がありました。
ぴーちゃは幼稚園でも楽しげに遊んではいるのですが、ふとした時に寂しげな表情になるそうです。
特にバスで帰る前に少し悲しくなって泣いたようでした。
そこで先生が抱っこしながら「猫ちゃんは死んじゃってお空に行っちゃったけど、ぴーちゃの事を見ていてくれるよ。ぴーちゃが楽しくしていると、嬉しいって思ってくれるのよ」と話して下さったそうです。
まだしばらく不安定なぴーちゃかも知れませんが、よろしくお願いします。

ちなみに、天候不順などで持って帰って来ていなかった『幼稚園文庫』が、今日貸し出しになりました。
が、あーちゃは「ババールのあか・あお・きいろ」、ぴーちゃは「ふしぎなポケット」と、相変わらずなメンバーです。
ところが読む段になってあーちゃが「本当はあか・あお・きいろじゃなくてA・B・Cが借りたかったの。でもしゅうご君がA・B・C借りてっちゃったから、しょうがなかったんだよ」と教えてくれました。
・・・・・しゅうご君ママ、お疲れ様です。

2008年2月13日

2008.02.14.11:50

今日は年長さんの卒園遠足の日なので、下級生は休園になります。
しかし預かり保育はあるので、朝から預かり保育の仕度をして、幼稚園に行きます。

朝、ぴーちゃは起きる時「今日はぴーちゃ、“お当番さん”の日なんだよ」と喜んで跳ね起きましたが、幼稚園は休園で、朝から預かり保育だと聞かされると“ズ~ン”と気分が落ち込んだ様子。
いつまでもグズグズと「お当番さんなのに」と引き摺っています。
でもぴーちゃ、今日はお当番さんじゃないけど、明日はお当番さんだよ。

朝ご飯を食べ終わって、出かける前に「みゃんちゃん本当にいなくなっちゃうから、みゃんちゃんにバイバイして」と言うと、手を振って「バイバイ!」と。
・・・いや、そうじゃなくって、撫でてあげたりしてバイバイの気持ちを表すって事と説明しました。
やれやれ。
本当にみゃんちゃんいなくなって寂しくないの?と聞くと、相変わらず「うん」と。
どうして?と更に突っ込んで聞いてみると、「だってみぃちゃんもいるし」という返事でした。
・・・やはり動かない猫より、動いてハシャぐ猫なんでしょう。
仕方ないか。
そういえば、私の姪がやはり幼稚園児の頃に亡くなった実家の猫は、覚えていなかったなぁ、姪。
とっても可愛がっていたけど、やっぱりそういうことなんだなぁ。
ちびラ~ずにとっての“猫人生の始まり”はみゃん太でも、“記憶の始まり”はみぃ太なんだなぁ。
みぃ太の方が、みゃん太の遺体が戻って来てからの気にし振りは、ちびラ~ずより多かったけど、それも「何でにぃちゃん、遊んでくれないのかなぁ?何で冷たいのかなぁ」って感じで、よく判っていなさそうだった。
みんな幼いのね。

午後、葬儀社の方と連絡が付き、2時過ぎに引き取りに来てもらった。
返骨は、明日の午前中にしてもらった。
それでも夜、電話で「ちゃんと火葬は終わりました。明日、お返しいたします」と連絡してくれた。
対応の親切な葬儀社さんだ。

夕方、ちびラ~ずを迎えに行った時、預かり保育の先生が、「ぴーちゃの担任から話は聞いていました。今日は、特に不安定になるような事はありませんでしたよ」と耳打ちして下さった。
あぁ良かった。
こういう所に、“幼稚園の対応”の親切さや素早さを感謝してしまう。
表面的には平気そうでも、いつどんな風に影響が出るとも限らないからね。
まだ自分の説明が出来ない年齢だから、心配は尽きません。

家に戻ると「あれ、みゃんちゃんは?」とあーちゃ。
だからみゃんちゃんとはバイバイだって、朝、説明したじゃない。
もう一度説明すると、「何で行っちゃったの?(おうちに)いたら行けないの?」と言い出します。
う~ん、難しい。
いつまでもおうちにいたら腐っちゃうし、きれいなみゃんちゃんのままじゃなくなっちゃうからと言うと、「ふ~ん」と判ったのか判らないのか解らない返事でした。

仕事から帰って来た父は、ひと言「行っちゃったか」。
対応の良い葬儀屋さんだという話をすると、「だったら良かったね」と安心した様子でした。

2008年2月12日・午後

2008.02.14.11:25

朝から冷たい雨が降っていましたが、昼過ぎにはより寒い雨に変わっていきました。
バスから降りたぴーちゃはいつまでもぐずって抱っこをせがんでいます。
あーちゃは「寒いから早く帰ろう」って言っているのに、ぴーちゃは聞いてくれません。
家に戻ってからみゃんちゃんの話をしようと思いましたが、仕方ないので雨の降っている外で話します。
「みゃんちゃんね、やっぱり帰って来れなかったの。死んじゃったんだ。今、お家にみゃんちゃんいるけど、もう鳴いたり遊んだり出来なくなっちゃったよ。みゃんちゃん、あーちゃとぴーちゃがおうちに帰ってくるの待ってるから、早く帰ろう」
ぴーちゃもしぶしぶ帰途に着きました。

家に戻ると、急いでコートを脱いだあーちゃが「みゃんちゃん、みゃんちゃん。おかあさん、みゃんちゃんいないよ」と言います。
いつものように声をかけたら出てくると思っていたのでしょうか。
もう一度みゃんちゃんはもう動かないことを言うと、猫カゴやベッドなど、普段みゃんちゃんがいたところを探しますが、「やっぱりいないよ~」の返事。
リビング正面のサイドボード前に、ダンボールに入ったみゃん太の遺体が置いてあるので、ただ箱が置いてあるとしか思わないんでしょう。
ぴーちゃも家に上がってから「みゃんちゃんはここにいるよ」と、ダンボールを開けました。
ちびラ~ずは一瞬驚いたようですが、それは平べったいダンボールに入っていたせいのようで、「起きないねぇ」と言っていました。
私が身体にかけてあったタオルをめくり、「みゃんちゃん、いい子いい子してあげて」と言うと、いつものようににみゃん太を撫でています。
「冷たいね」「固くなっちゃったね」と口々に言いながら。
しかしそれも長くは続きません。
動かなくなり、遊べないみゃんちゃんは、ちびラ~ずにとっては意味の無い物になってしまったようです。
すぐに図書館で借りてきた本を見たり、おもちゃを探したり、気持ちは他へいっています。
「みゃんちゃんが死んじゃって、寂しくないの」と聞くと、返事は「うん」。
ちびら~ずにとっては物心ついた時にはもう年寄り猫で、寝ている事が多かったみゃん太には、強い思い入れはないようです。
その後も何度か撫でてやる事はありましたが、その時あーちゃが言った言葉「ぬいぐるみになっちゃったね」というのが、今のちびラ~ずの素直な感想かもしれません。

うがい手洗いを終えておやつを食べている時、ぴーちゃが「(担任の)先生からお手紙貰ったよ」というので見てみると、「朝、ぐずっていたので気をつけて、熱も測ってみましたが、36.8℃しかなく、お弁当前に“お腹が痛い”と言っていましたが、それもトイレに行ったらたくさん便が出て、その後は落ち着いています」との事でした。
そういえば、今朝のバスはぴーちゃの担任の先生が乗っていました。
みゃんちゃんとはバイバイかもという話で、少し動揺していたぴーちゃでしたが、いざみゃん太が死んで戻ってくると、そんなに動揺は見られません。
ウンチも出かける寸前に少し出たのですが、よっぽどお腹に詰まっていたのでしょうね。
不機嫌はそのせいもあったかも。

夕方、心配してくださった先生からお電話が。
実は・・・と猫の話もすると、「じゃあしばらくは感情が不安定になるかもしれませんね」という事で、経過を見守ってくださるそうです、良かった。
本当はこちらから先生にお手紙を書いておけば良かったのに、バタバタしてて、そこまで頭が回りませんでした。

夜、父が仕事から帰って来て、メールで詳細は伝えてありましたので、まずみゃん太のもとに行き「帰って来たか、うん。お疲れさん」と言って、頭を撫でていました。
父にとっても、この家で本格的に暮らすことになった人生初の猫と言ってもいいでしょう。
そのために思い入れは強かったのです。
「何だかこいつは、まだまだ死なないような気がする」と言うのが、父のみゃん太に対する普段の言葉でした。
容態の急変で、父にも「覚悟はしておいて」と言って病院に行き、その後、ちびラ~ずが寝てから病院に様子を見に来、撫でてやることも出来たので、良かったかもしれません。

明日にはペット専門の葬儀社に出し、本当にお別れになってしまいます。
夕飯は塩さばを家族で食べ、みゃん太にもおすそ分けをしてあげました。
お魚が好きだったのに、かなり前から病気の傾向があるため、病院の処方食のみでお魚は食べさせてあげられなかったから、せめて霊前にはお魚をあげたかったのです。
明日はもう一つの好物、グリーンアスパラの穂先の柔らかい所をあげるからね。

がんばったね

2008.02.13.15:33

20060308203734_108.jpg
ちびラ~ずを送り出しブログを書いていた時、その電話は来ました。
「ごめんね、みゃんちゃん、、、だめだった」
15歳と3ヶ月、私の側にいてくれました。

夜中の2時過ぎに見に行った時は、まだ起きて壁をカリカリ掻いていたそうです。
ただ、その時にオシッコが出ていなかったこともあって、先生はもうだめだなって思ったそうですが、さすがに夜中なのでそれを伝える為に電話するのはと思い、やめたんだそうです。
朝、7時前に見に行った時には、既に冷たくなっていたそうです。
死因は腎不全による尿毒症。
月曜日の夕方、病院に連れて行った時から、もう理性を感じられるものはありませんでした。
せめてもの救いは、長引かなかった事。
ちびラ~ずを妊娠する少し前に亡くした猫は、同じ腎不全による尿毒症で一週間病院に通い、理性が無くなってから3日間、家のケージの中で徘徊と鳴き叫ぶという生活をしました。
正直ちびラ~ずには、そんな姿は見せたくありませんでした。
きっとみゃん太も見せたくなかったのでしょう。


平成4年の秋、友人の知り合いの借りたアパートの庭に母猫に置き去りにされた猫、それがみゃん太でした。
あまりにうるさく子猫が鳴くので、見に行き保護したそうです。
が、その人は子猫の育て方なんて知らず、たまたま知人のつてを頼って、子猫を育てた経験のある人(私)に預かってもらい、里親を探そうという事になりました。
その時私は、3匹の猫の母でした。
みんなミルクから(生後1ヵ月以内)から育てた猫です。
それもあって生後4・5日の子猫を預かることになり、みゃんみゃんと鳴いていた事から幼名がみゃんみゃん、その後みゃん太という名になりました。
しかし、その猫は生まれつき目に異常があったのです。
10日ほど経って、本来なら目が開き、きれいなブルーの瞳(子猫はみんなブルーアイ)が見えるはずなのに、まるで目が開かないばかりか、膜らしきものが厚く覆っています。
少し大きくなってからちゃんと調べると、眼球の前に膜がかかって状態だという事が判りました。
手術で膜を除去する事もできるのですが、猫の肉芽組織というのは強力で、何度手術をしたらきれいになるかは判らないんだそうです。
ですがラッキーな事に、まるで眼球に反応が無いわけではなく、膜がかかったままでも目は見えているようです。
ですがそんな猫を貰ってくれる人なんて、なかなかいません。
結局、うちの猫になりました。

目が見えないという事を意識しすぎたのでしょう。
最初の3ヶ月はとても注意して育て、なるべく側に居させるなど気を使いすぎた挙句、大変な甘ったれ猫に育ってしまいました。
気に入らないと鳴いて文句を言う、おしゃべり猫でもありました。
目も4回ほど手術をしたのですが、左目は瞼が癒着してしまい、右目だけがうっすら見える片目猫になってしまいました。
ところが片目でよく見えないくせに活発で、箪笥の上までひとっ飛び、家中走り回るなどワンパクな猫でもありました。
甘えっ子なだけに人好きで、すぐにスリスリ寄って来たり、近付くだけでゴロゴロと喉を鳴らす可愛い優しい猫でした。
ただ少しだけ困っていた事は、噛み癖と忘れん坊。
噛み癖は目が見えないためにすぐに噛んで確認するクセがあったので仕方ないのですが、忘れん坊にはホトホト参りました。
父と結婚して、父の仕事が短期・長期にいなくなるというものだったので、みゃん太の記憶力の限界が10日だという事は判りました。
10日経ってしまうとそれまで一緒にいたものは、記憶の果てにいなくなってしまうらしく、私がちびラ~ず妊娠・出産のために入院していた時、11年育てた恩も忘れて「知らないおばちゃん」扱いされました。
おばかさん。
ただ、この記憶力の弱さのお蔭で、ちびラ~ずに慣れるのも早かったのかもしれません。
だって、10日過ぎてしまえば「みゃん太が生まれた時からずっと一緒にいる赤ちゃん」という誤解が生じたんですから。
大人に対する噛み癖も、おふざけも、赤ちゃんのちびラ~ずに対しては発揮された事はありませんでした。
赤ちゃんのちびラ~ずが泣き出すと、どこからともなく起きて来て、ウロウロと心配していました。
もちろん少し大きくなってからは一緒にベッドで寝るのが当たり前でした。
それは最後の夜まで続きました。
ちびラ~ずが少し大きくなると、よくミャン太を理由もなく叩く事があったり、母に怒られた腹いせにみゃん太に八つ当たりで叩いたりすることもあったのに、みゃん太はいつも我慢していて、しっかり“お兄ちゃん”もしていました。

あまり元気がなくなり、一日寝ていたり、父曰く「鳴き声を聞かなくなった」のは、ここ2年ぐらいの事。
ご飯を食べるために起き、たまに走り回ることが無い訳ではありませんでしたが、ほとんど寝ている猫になっていました。
原因不明の慢性鼻炎に悩まされ始めたのが1年半前。
鼻水が止まらず、たまに鼻血になる事も。
それから殆ど毎日、投薬は続きました。
ただ最後まで、なぜ鼻水が止まらないかは判りませんでした。
だって先生が聴診器持って近付いただけで、先生が撫でてくれるのを知っているからってゴロゴロいっちゃって、聴診出来ないんですもの。
それでもみぃ太という新しい弟が出来ると、尻尾を振って遊んでやったり、プロレスごっこの相手になったり、最近では猫おもちゃで遊ぶなんていうすっかり忘れていた事までやりだすのを見ていて、少し精神的に若返ったなぁって思っていました。


甘えっ子で優しくて可愛かったみゃんちゃん。
長患いではなかったのであまり痩せてもいないし、毛ヅヤも悪くなっていないので、本当にきれいな遺体でした。
元々ふわふわな猫っ毛で、撫でた時の感触が柔らかくて好きでした。

ついさっき、ペット葬儀社の方が引き取りに来て、みゃんちゃんを連れて行きました。
明日午前中には返骨してもらい、家に帰ってきます。

みゃんちゃん、今までありがとうね。
よく頑張って長く生きたね。
私が飼った猫7匹のうちの、一番の長寿だよ。

みゃんちゃん。
またね。

そして、みぃちゃん。
君も長生きしてね。

2008年2月12日

2008.02.12.08:59

今日は週の初日で荷物も多いですが、月曜日ではないので手提げだけですむのが助かります。
昨日入院した飼い猫のみゃん太が戻ってこない事、あまり具合が良くないので、もうおうちには元気になって帰って来ることが無いことを話しました。
ぴーちゃはずっと元気が無く、泣いてしまう事もしばしば。
しかしそんなちびラ~ずをみゃんちゃんは望んでいないよ、と励まし、幼稚園のバスに乗せました。
昨日父が子供たちを見ていてくれた時、みゃんちゃんがあまり長く生きられない事や死んでしまうという事を説明したそうです。
それをきいたあーちゃは、「みゃんちゃんが死んだら、もう会えないの?」とか、「おとうさんもおかあさんも、あーちゃもぴーちゃも、いつか死んじゃうの?」と言っていたそうです。
ちびら~ずが初めて出会う「死」という現実。
親にとっても、子にとっても試練です。

みゃん太君、危篤

2008.02.12.00:29

先週金曜日に具合が悪くなったみゃん太君。
その時は右前足が付けず、レントゲンを撮った結果、右腕付け根に腫瘍の様な影があり、その影響だという事でした。
ところが、月曜夕方から行動に異常が見られるようになり、すぐにいつもお世話になっている動物病院へ連れて行く事になりました。

1年半前から原因不明の慢性鼻炎(副鼻腔炎)に悩まされ、投薬を続けていました。
その少し前からは、急に老け込んだように動きがなくなっていたので、「みゃんちゃんも年を取っちゃったねぇ」なんて言っていたものです。
それでも昨年秋、新入りのみぃ太君がやって来てからのみゃん太は、みぃ太を尻尾で遊ばせてやったり、若い猫に刺激されて随分若返ったように見えていました。
最近では、今まで数年間見向きもしなかった猫のおもちゃで遊ぶようにもなっていました。

動物病院に連れて行き、先生に診てもらったところ、腎不全、それもかなり重度ですでに意識は朦朧として、動きも徘徊している状態、という事でした。
出来るだけの処置はし、経過を見るために病院でしばらく過ごし、やはりいい状態ではない、覚悟をしたほうがいいという事になりました。
しかし、私は病院に連れて行く前のみゃん太の行動を見ていて、既に覚悟は出来ていました。
というのも、前にいた猫―ちびラ~ずを妊娠する少し前にいた猫・ちょこ(メス)が同じ腎不全で、尿毒症がひどくなって無くしているので、その症状が判っていたのです。

みゃん太はもう、おかあさんの声が判らない状態です。
病院のケージの中で、しきりに壁に向かって右前足で壁を掻き、動けない身体でグルグルと円を描いて歩こうとします。

今、できるだけの処置をしてもらって、病院でみゃん太は頑張っています。
獣医さんは、もう16年の付き合いで、友人でもあり、私が兄のように思っている先生なので、「あとは預かるから。(子供たちもいるし)帰っていいよ」と言ってくれました。
でも、明日の朝、また会えるかどうか、正直確信は私にも先生にも無い状態です。

みゃんちゃん、辛くなったら無理して頑張らなくてもいいから。
でもおかあさんは、もう一回、声が届かなくても、みゃんちゃんと会いたいよ。

2008年2月9・10・11日

2008.02.11.23:55

今日から月曜日を含んで3連休ですね。

2008年2月8日

2008.02.11.23:51

今週最後の日、ですが、今日は父が代休なので、朝から父もお見送りです。
今日はゆっくり買い物などもしようと思っていたので、そのまま延長保育にお願いします。
ところが、飼い猫みゃん太君の調子が良くなくて、朝から獣医さんに行かなければならなくなりました。
ある意味、延長保育にしておいて良かった。

2008年2月7日

2008.02.11.23:47

信じられません。
また昨夜も起きませんでした。
ただ、今朝は早く起きてくれたので、朝5時から“朝風呂”、そして『幼稚園文庫』の本を読み、朝ご飯をのんびり食べ・・・ていたら、大変!間に合わなくなりそう!!

2008年2月6日

2008.02.11.23:44

昨日は結局、お昼寝のまま眠り続け、朝まで起きませんでした。
おまけに母は、朝、目が覚めた時から強い偏頭痛で、お弁当も作れない(というか、歩く振動が辛い)ほどシンドイです。
仕方なく、起きたちびラ~ずに「今日おかあさん具合悪いから、食券にしてもいい?」と聞くと、「いいよ~」「おかあさん大丈夫?」と、心配してくれます。
ごめんね。

2008年2月5日

2008.02.11.23:40

今朝は園バスが来るので、頑張って早く起きなきゃ~・・・って、起きてくれないし。

2008年2月4日

2008.02.04.13:12

今朝は通園バスがお休みなので、幼稚園まで送ります。
そのため、いつもより1時間くらい遅い朝です。
支度ができ、送りに行くため路線バスのバス停に行くのですが、残っている雪を蹴散らしながら歩いているので、なかなか進めません。
今にも滑って転びそうなほどはしゃいでいます。
やっとバス停に着くと、そこにはしゅうご君とママが。
3人とも楽しげにバスへ乗り込みます。

2008年2月2・3日

2008.02.02.19:07

今日は本来ならば、幼稚園の『工作で遊ぼう』の催しに行くはずでしたが、昨日の“不可解ぴーちゃ”の事もありますし、やはり今日はお休みしましょう。
母はこの日のために、ワイヤーと大き目のビーズ、シール折り紙などを買って準備していたのですが・・・。
え、何を作ろうとしていたかって?
牛乳パックにお絵かきをしてもらってピースを作り、ビーズで重さを調節した“モビール”を作ろうと思っていたのでした。
最近ぴーちゃは“ゾウさんの絵”を描くのが好きなので、絵を組み合わせて何か作れないかなぁと考えて、思いついたのです。
う~ん、ちょっと残念。

まぁ降った降った、こちらでは珍しいくらいの雪。
休みの日だった事もあるんでしょうが、それなりに積もっているようです。
東京でも2年ぶりの雪と言っていましたから、ちびラ~ずにとってはほぼ初めての雪と言っても過言ではないと思います。
お蔭で「雪だるまが作りた~い」と言っていましたが、君たちにはまだ無理です。
掌に乗るぐらいの雪球だるまを作って渡してみると、「冷た~い」「かわいい~」とはしゃいでいます。
夕方、幼稚園からメールが来ましたが、明日は自由登園(休んでも欠席扱いにはならない)になると言うことです。
園の送迎バスもお休みです。
もちろんちびラ~ずは行きますよ。
ぴーちゃは久しぶりの登園ですし、明日は“えいご”もありますから。
おまけに今日、母は新しい上履き買ったんです。
この間、ぴーちゃに上履きを履かせてみたら、親指が縮んで曲がっていたんですよ。
ぴーちゃは足の親指が長い“エジプト型足”なので、気を付けてやらないと小さい靴に縮こまった足指の癖がついてしまいます。
多少ブカブカなのはしょうがないとしても、上履きと通園靴は買い換えないと、と思っていたところです。
週末に合わせて、まずは上履きを替えました。
明日はおニューの上履きだ!

2008年2月1日

2008.02.02.18:59

今朝はお弁当も張り切って二人分。
ちびラ~ずを起こそうとして・・・ぴーちゃの様子が変。
なんと38.3℃の熱。
今日もお休みだぁ。
今日は幼稚園の“豆まき会”があるのです。
ぴーちゃ、楽しみにしていたはず。
可哀相ですが仕方ありません。
ちびラ~ずの担任の先生宛に、ぴーちゃは“登園許可証”を貰ってきて、今日から通うつもりだったのに熱が出てしまった事と、明日の『工作で遊ぼう』はお休みするというお手紙を書きました。
ぴーちゃが先に起きるからと思ってなかなか起きないあーちゃを叱り、仕度をさせようとすると、ぴーちゃばかりが優遇されていると勘違いしたのか、あーちゃはかなりご機嫌斜め。
トイレにも行かず、着替えもせず、いつまでも泣いて騒いで、母の話を聞こうともしません。
やっと仕度が終わったのが7時20分。
もう朝ご飯を食べる時間もあまりありません。
ご飯は途中で出かける仕度を始め、当然髪を結んでもらう時間も無かったあーちゃはとってもご機嫌斜めのうちにバス乗り場へ。
バスを待つ間も不機嫌は治らず、結局泣き出す始末。
バスが来たらそのまま先生に連れて行ってもらいました、やれやれ。
お見送りに来ていたしゅうご君のパパが、「あーちゃがこれだけゴネるのも珍しい」と言ってました。
そうですねぇ、本当に。

あーちゃが幼稚園に行ってしばらくしてから、ぴーちゃは起きてきて「あーちゃは?」と聞いてきます。
あーちゃがもう幼稚園に行った事、ぴーちゃは今日も幼稚園に行かれない事を話すと、「ぴーちゃ、もう“豆まき”できないね」と寂しそう。
朝ご飯も昨日までとは打って変わって、「パンだけでいい」と、食欲も無い様子。
その後、ゴロゴロと過ごしていましたが、11時前に熱を測ると・・・36.8℃!
なんでぇ~。
お昼も相変わらず食欲は無いようで、お弁当に用意していたおかずを一口二口食べただけでごちそう様。
すぐに寝てしまいました。
あーちゃを迎えに行った時、しゅうご君のパパに「ぴーちゃ、(具合は)どうですか?」と聞かれましたが、昼前に平熱になったと話すと「ありゃ、幼稚園行きたくなかったんですかねぇ」と笑い話に。
本当に何なんでしょうねぇ。
ところが、その後ぴーちゃの熱を測ると、今度は38.6℃に。
どうしちゃったの、ぴーちゃ?
あーちゃがぴーちゃの分の“豆まき用の豆入れ”の工作を持って帰って来てくれましたが、ぴーちゃは豆まきができなかった事が気になるのか、あまり喜んでいません。
そしてお昼寝・・・なんですが、いつまで経っても起きて来ません。
あーちゃの場合、一週間の幼稚園疲れが出て来て起きないパターンはよくありますが、ぴーちゃはよっぽど具合が悪いのかしら?
父が帰って来ても、まだ起きないちびラ~ず。
9時過ぎ、ぴーちゃが起きてきて「お腹空いた」と言い出しました。
へ?ぴーちゃ、具合は?と熱を測ってみると、36.3℃。
何なんだよぉ~、まったくもぅ。
何が食べたいと聞くと、「ごはん」とだけ。
ふりかけがいる訳でもなく、他におかずが欲しいわけでもなく、ごはんが食べたいみたい。
それでもなんとかおかずを食べるように説得すると、「鳥のお団子なら食べる」と言ってくれました。
良かった、つくねの焼き鳥買っといて。
それから焼き鳥2本とご飯を食べて満足したらしく、母とお風呂に入るとすっかり満足してすぐに寝てしまいました。
何だったんでしょう、今日のぴーちゃ。

2008年1月31日

2008.02.02.17:57

今朝も勿論平熱のぴーちゃ。
35.6℃といつも通りのぴーちゃの平熱です。
そう、ぴーちゃは平熱低めなんです。
35℃後半から、あっても36℃止まり。
私も同じタイプなので、熱が出ると弱いタイプなんです。
でももう安心ですね。
熱が下がって今日で2日目。
これなら今日、『登園許可証』貰いに行かれそう。
幸い父が代休なので、午後に病院に行く事にしましょう。
父とぴーちゃを残して、あーちゃとバス乗り場へ。
ところがバスを待っている間に、走り回っていたあーちゃは転んで泣き出してしまいました。
手袋と厚手のスパッツのお蔭で、怪我らしいものは見当たりませんでした。
そこにタイミング良くバスが来、乗っていたあーちゃの担任の先生がそのまま抱き上げて連れて行ってくれました。

ぴーちゃとお昼ご飯を食べ終わり、少し横になっていたら、ぴーちゃもコロリンと横になったまま・・・寝ちゃった。
あらら、何てタイミングの良い。
ぴーちゃが少し寝ている間にあーちゃのお迎えに行ったのですが、バスから降りて来たあーちゃは、お揃い服の下にズボンを履いていました。
どうしたの?とあーちゃに聞くと、「足から血が出てた」という返事。
家に戻り先生のお手紙を見ると、朝転んだ時に怪我をしていたようで、幼稚園に着いてからスパッツに血が滲んでいたんだそうです。
そこでスパッツを先生が水洗いしてくれ、あーちゃはズボンを穿いて過ごしたんだそうです。
そうだったんだ、母は怪我は無いと思っていたんだけど、やっぱり怪我してたんだね。
あーちゃがおやつを食べていると、ぴーちゃも起きてきました。
父が外出から戻ってから、あーちゃを任せて病院に行くことに。
実は、小児科の午後の診察が3時からという事もあって、行く前に父と“夕飯はどうしよう”と相談をしていたのですが、もし病院が混んでて遅くなっちゃうようなら、外食なり出前を取るなりして考えようと言っていました。
ところが、病院に行くと待合室はガラガラ。
受付で登園許可証を貰いに来た事を次げた事もあってか、すぐに診察室に入れてもらえて、あっという間に終わってしまいました。
家に戻りながら電話で、「もう終わっちゃったよ」と言うと、父が「実はあーちゃに“今日は外食”と言ってしまい、帰ってくるのを待っている」という話。
仕方ない、今日は“ぴーちゃ全快祝い”っていう事にしましょう。
家に戻ってしばらく休み、夕飯には早めの時間にガストに。
二人とも“キッズカレープレート”を注文。
カレーはすっかり食べてしまいました。
登園許可証も出たし、これで明日はちびラ~ず揃って幼稚園に行かれます。

2008年1月30日

2008.02.02.17:17

インフルエンザ3日目のぴーちゃ。
朝の体温は36.3℃、平熱です。
本人いたって元気です。
朝もあーちゃと一緒に起き、あーちゃと一緒に朝食を食べ、いつもは見ることが出来ない“今日のわんこ”を一人で見て、母の朝ご飯をお話しながらつきあってくれました。
唯一つ、難点と言えば「外に出られないからつまらな~い」事ではないでしょうか。
仕方なく、100円ショップに買い物に連れ出しました。
実は今週末、幼稚園で『工作で遊ぼう』という催しがあり、その工作のための材料を集めなくてはならないのです。
この日は母一人ですし、この間お風呂に入っていた時にひらめいたものを作るための材料を、お店を見て回りながら決めてゆきます。
ぴーちゃはおやつのお菓子を見ていて、決めたのは“ミニどら焼”と“ミニドーナツ”。
最近好きなパターンですね。
甘いものを少し食べて、その後サッポロポテトやかっぱえびせんの小袋を食べるというパターンが、近頃のおやつ事情。
甘いものがクリームパンやジャムパン、塩気のものがお煎餅に変わったりもしますが、家でのおやつはパターン化してしまったようです。

ぴーちゃの熱が下がって丸一日。
これなら“家族全員マスク生活”も今夜までで終わりそうです。

2008年1月29日

2008.02.02.16:36

この日、ぴーちゃの熱は37.9℃。
何だか少し落ち着いてきたような。
朝もあーちゃと同じ時間に目が覚め、あーちゃを送りに行くのも「TV見て待ってるよ」と上機嫌。
あ、こいつ、“今日のわんこ”が見たいだけだな。
お言葉に甘えて、ぴーちゃを置いてあーちゃをバスに見送りに。
家に戻ってからぴーちゃと二人で朝ご飯でしたが、殆どいつもと同じ朝食メニューを食べてます。
これなら大丈夫かと、お昼もあーちゃのお弁当メニューと同じものを出しましたが、あっさり食べきってしまいました。
食欲もほぼ問題ないようです。
あーちゃが戻ってきてから、ぴーちゃの熱を測ると36.8℃。
高めですが、既に平熱です。
あら~もう落ち着いたって事ですか?

この日は『幼稚園文庫』の貸出日。
あーちゃはお休みしてて昨日返却したばかりという印象です。
で、何を借りて来たかというと、「わんぱくだんのクリスマス」。
前回借りてきた“わんぱくだん”のシリーズですね。
確か借りて来たのも2回目のはず。
このお話、好きなのかも。

お昼寝前にぴーちゃに「何が食べたい?」と聞くと、「塩ラーメン」と言う返事。
うわぁ、やっぱりハマッちゃったんだ。
しょうがない、食べる気力があるんなら、何でも食べてもらいましょう。
母とあーちゃは餃子と回鍋肉、ぴーちゃはコンビニ塩ラーメン(野菜が多いから塩タン麺って言ったほうがいいぐらい)と中華メニューです。
あーちゃは餃子7個と回鍋肉を少しつまみ、ぴーちゃは野菜を少しと麺は全て平らげました。
まぁ、すごい食欲。
本当にぴーちゃは病人でしょうか?
プロフィール

Hinako

Author:Hinako
2003年より双子の母やってます。

お知らせ
まずはこのblogを楽しみにして下さる方々にお礼申しあげます。 しばらく体調不良が続き、途中日記が途切れている個所があります。 下書きのみでupされていないこともありますが、過去に戻って書き込むこともあるかもしれません。 今後体調により、更新が進まない可能性もありますので、あらかじめお詫び申し上げておきますm(_ _ )m
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